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2006/05/11.Thu

透明なラッキー♪

こうして書くことって大事なことですよね。
思い起こすと、昔から自分の気持ちを整理したいときには手紙を書いたり、日記を書いたりしてきたような気がします。
モヤッとしていたものを鮮明にする・・・という効果が私にはあるようです。
失恋した友人なんかにも書くことを勧めていました。
そして今回も、こうしてブログに書くことで自分の気持ちを開放することができたり、温かいコメントで救われることもありました・・・ありがとうございます。
と考えると、このブログを始めなければならないと思ったのには、こういう意味も含まれていたんだなぁ~と、昨日の夜ふと思いました。
ブログを始めていなければ、ここまで経過も残すことができなかったかもしれません。
何事も必然なんだなぁ~と改めて考えさせられました。

私が住んでいる地方・・・昨日の夕方は、かなり強い雨でした。
私より比較的帰宅が早い夫が、ほとんど夕方の散歩を担当していました。
雨の日散歩に出ると、何故かその時間帯が一番ヒドイ雨になるのです・・・どっちかが雨男なんだね~といつも話していました。
17:30頃に会社を出た私は『あ~ヒドイ雨だなぁ~ラー様の涙かな?それとも、普段なら散歩の時間だから例の如く雨男のせいかなぁ?』なんて思いながら帰宅したのでした。
玄関に入ると、我先にとドアを開けて迎えにきてくれたラー様・・・何だか物足りないんですよね。
夫がこんなことを言っていました。
夫が仕事から戻り、ちょっとソファーに横になっている内にうつらうつらと少し眠ってしまったそうです。
眠りながら『あ~ラッキーの散歩に行かないとな~』と思っていたら『フィ~』という散歩をせがむ時のラー様の泣き声が聞こえたそうな・・・ビックリして飛び起きたそうです。
ちょうど時間は17:30頃だったらしく、いつもの散歩時間だ・・・と思ったと。
きっと、夫と一緒に散歩に行きたかったのでしょうね・・・。
5月6日の朝、病院に連れて行く前にいつもの散歩コースへ連れて行ったのが、最後の散歩になってしまいました。
とても天気のいい朝でした。
私は、きっと歩けないだろうけど、どうしても連れて行きたい!と思いました。
もしかしたら最後かもしれない・・・という思いもありました。
やはり、ほんの少ししか歩くことができませんでしたが、その先に続く散歩コースの道を立ったままず~っと見ていたことを思い出します。
どんな気持ちで見ているのだろうと思いながら、私は泣きながらビデオを撮っていました。

火葬場まで行くことができなかったたっくんには、夫が骨壷のフタを開けて見せたそうです。
夜、お骨と一緒に飾った写真を見ていた私に、たっくんは「サッカーに行く前、ちょっとの間でも1人でお留守番できたのは、ラッキーがいたからできたんだぁ。でも、ラッキーいなくなってしまったから1人でお留守番できなくなると思う・・・」と言ってまたウルウルしていました。
学校が終わると普段は児童館や近くにある夫の実家に行っているのですが、サッカーのある日は少しだけ1人で自宅にいることがありました。そんな時に、ラー様と2人だけの時間があったのですね・・・。
2人がどんな風だったのか・・・ちょっと見てみたかったような気がします。
一緒に行って骨まで拾ったはずのゆーとは・・・夜になってからも何回も何回も骨壷のフタを開けて、頭蓋骨まで持って見ている始末。
火葬場に行く前、ゆーとに「ラッキー焼いてしまうんだよ~」と教えると・・・
「ラッキーの肉食べてみたいな~」だそうな・・・一瞬無言になった私。
愛情の印なのか、『Xファイル』漬けになっていた胎教のせいなのか・・・。
骨を食べるというのは聞いたことがあるけれど、肉を食べるというのは・・・ん~さすがゆーとです。
夫がハンティングをしているので、鹿肉を食べることがあるからかもしれませんけど・・・人前では避けて欲しい発言です。
「ラーちゃんどこにいると思う~?」と子供たちに聞くと「骨になったんでしょ?」と言うので「皆にはみえないけど、ラーちゃんは、いつもいたところにいると思うよ~」と言うと、「透明なラッキーなんだぁ~!」と納得していました。
よく観ている『トムとジェリー』のビデオと重ねて想像しているのではないかと思いました。
夜寝るときも、ラー様は一緒に2Fに上がってベッドで寝ていたので「ラッキー2F行くよ~♪」といつものように声をかけて2Fへ上がりました。
ゆーとは「あっ来てる来てる!透明なラッキーがついて来てるわ~」と言っていました。
自分は人間だと信じていたラー様。ベッドで寝るのが当たり前だと思っていたようです。
子供達が出現する前は、夫の腕枕で寝ていたくらいですから・・・。
その後は、クイーンサイズのベッドに夫とたっくんペア、隣のシングルベッドに私とゆーとペアそして足元にはラー様という、何ともバランスの悪い配置になっていました。
私は朝起きても足元は重いし身体もキツイ・・・何だか疲れが取れないんだよね~なんてよく言っていたものです。
シーツを替えたときなんかは、掛け布団を戻す前に、ラー様が涼しい顔をしてさっとベッドに上がり「よしっいいぞっ!よく替えてくれた!気持ちいいぞっ!」と言わんばかりにくつろぐ始末・・・。
もちろん私に「降りなさいっ!」と怒られていましたが・・・。
体調が悪くなり、足元がフラつくようになってからは、当然2Fにも上がれなくなっていました。
それでも、何とか2Fに上がろうとして、階段を踏み外すような音が聞こえて慌てたり・・・そこで初めのうちは抱いて2Fまで上げていましたが、後半はラー様に付き添い、私もリビングで寝ていました。
逝ってしまう2日前の夜、たっくんが「どうしてもラッキーを2Fに連れて行きたい!」と言い出しました。
抱かれるのもツラそうな状態だったので「かわいそうだからやめようよ~」と夫も私も反対しましたが、「ラッキーも2Fで寝たいと思うよ」と、たっくんも譲りませんでした。
その気持ちを酌んであげたいと思い、ラー様をタオルケットに乗せて夫と2人がかりで2Fまで運びましたが、痛みのせいでハナを鳴らし続けるので子供達も気になって眠れない様子。
結局は、間もなくリビングまで戻して私が付き添うことになってしまいましたが・・・。
でも、今思うとずーっと自分の寝室だと思っていた部屋に少しでも行くことができて、ラー様にとっても良かったのかな・・・と思っています。
逝ってしまった夜は、子供達を寝かしつけた後、夫と私でラー様を挟むように川の字で寝ました。

家族が出かけるときはもちろんのこと、どんな人が家から帰るときでも窓から見送るラー様でした。
今日の朝も、やはりいつもラー様が見送ってくれていた窓を見てしまいました。
きっと『透明なラー様』が見送ってくれているなぁ~と思いながら・・・。
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愛犬ラッキー | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
透明なラー様
おとやんの実家のポメラニアンボンちゃんが、
3月に亡くなって火葬した後、
家族みんなでなきながらお家に帰ったときに、
家にボンちゃんの気配を皆が感じたそうです。
ボンちゃん、一緒に帰ってきたんだよね~と子供達も納得したらしい。

きっとラー様も、皆の事を透明になりながらも、
皆と一緒に居て、みんなを見守ってくれてるんだよね。
◆ぜんぶままさん◆
毎日「ラーちゃんおはよ~」「行ってくるからね~」「ただいまぁ~」そして、「2F行くよ~」は必ず言っています。
何となく、気配を感じるときもありますよ~。
ラーちゃんいるんでしょ?と思わず言ってしまうことも・・・。
今でも一緒にいると思っています♪

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